怒らない介護のためにやってきたこと

介護の知恵袋

『触らないで』と言わない介護──負担を減らすための現実的アイデア

介護を少しでも楽にすること、負担を減らすことは、遠慮せずどんどんやるべきだと思っています。自分の生活に加えて、親の生活まで管理しなければならない介護は、想像以上にエネルギーを使います。だからこそ、負担はできるだけ小さくする。それが介護を長く続けるための大切なコツです。

そして、日々の中で小さな工夫や改良を積み重ねていくと、あとになって「あの時やっておいてよかった」と思える瞬間が必ず訪れます。

触らないでと言う前に、隠してしまいましょう

まだ母が元気に歩けていた頃、特に困ったのが「触ってほしくない物」に手を伸ばしてしまうことでした。お薬や刃物など、危険につながるものほど気になるようで、いくら「触らないで」と伝えても、私の目を盗んで触ってしまいます。

包丁などの刃物は、母の視界に入らない場所へ移しました。一方で、お薬は一日三回服用するため、私が管理しやすい場所に置く必要があります。そこで、薬の印字面を内側に向け、外から見えるのはすべて無地の白い面になるよう並べました。

白い封筒のように見えるそれには、母は次第に興味を示さなくなり、自然と手を伸ばすこともなくなりました。

気をつけてと言う前に、気をつけなくてもいい工夫を

母はお椀を持ったまま、うっかりひっくり返してしまうことがありました。「お汁をこぼさないように気をつけてね」と言っても、本人にとってはもう難しい段階だったのだと思います。

そこで、お椀を取っ手付きの軽いものに替え、汁物の量も半分よりやや少なめにしました。それだけで、失敗はぐっと減りました。

大好きなノンアルコールビールも同じです。むせないよう何度も声をかけましたが、コントロールは難しそうでした。調べてみると炭酸用のとろみ剤があることを知り試しましたが、味や口当たりが合わず、飲む意欲が下がってしまいました。

そこで、ガラスの小さなそば猪口のようなカップに替え、一度に注ぐ量も少なめにしました。すると、頭を大きく傾ける必要がなくなり、とろみ剤なしでも、むせずに美味しそうに飲めるようになりました。

危ないと言う前に、危なくない状態に

我が家には、今ではマット類が一切ありません。最初にキッチンマットを外し、次に洗面所、廊下、そして最後は玄関マットも撤去しました。

風水的には玄関マットが重要だと聞いて、最後まで迷いました。しかし、母が車椅子になり、玄関で車椅子を乗り換える際の妨げになるため、思い切って外しました。

風水も大切ですが、つまずいて転ぶ危険の方がずっと大きい。我が家では「危ないものは撤去、もしくは安全な代替品へ」が基本方針になりました。

どうしても手放せなかった灯油タンク

一番手を焼いたのは、石油ファンヒーターの灯油タンクでした。灯油が切れることが不安な母は、元気な頃から「毎日少しずつでも入れる」という習慣がありました。

火が見える石油ストーブは危険なので、エアコン暖房に切り替えましたが、「それでは寒い」と言われ、折衷案として石油ファンヒーターを導入しました。しかし、運転中でも灯油タンクを持ち上げようとします。

何度注意しても繰り返すため、灯油タンク室の蓋に鍵を付けましたが、少し目を離した隙に鍵を壊してしまいました。そこで、ファンヒーターの上に

「触らない。操作が必要な時は〇〇(私の名前)に言ってください」

と大きく印字したマグネットを貼り、さらに鍵を増設しました。

それでも母は諦めず、鍵のついていない蓋の根元のプラスチック部分を外してしまったのです。

最終的には、母の前で「今から灯油を入れるよ」と声をかけ、満タンになったタンクを実際に持たせて「これだけ入っているから大丈夫」と確認してもらう方法に落ち着きました。また、母の見えやすい場所にあるカレンダーに「灯油入」と赤字で記入。1回入れればどのくらい灯油がもつのか、見てわかるようにしました。

次の年も鍵は壊されましたが、「季節の風物詩」だと思うことにしました。運転中に灯油タンクを動かせば安全装置が働きます。それをセイフティネットとすることにしました。

寒い季節が終わり、春が来て、その年の夏に母が転倒・骨折して以降、歩行が難しくなり、冬になっても灯油タンクに手を出すことも、いつの間にかなくなりました。

おわりに

介護では「注意する」「言い聞かせる」よりも先に、触らなくて済む・気をつけなくて済む・危なくならない環境を作ることが、とても大切だと感じています。

小さな工夫の積み重ねは、介護する側の心と体を守り、「怒らなくても済む時間」を確実に増やしてくれます。介護する人にとっても、介護される人にとっても、少しでも穏やかな毎日が続くように――そんな思いで、我が家の工夫を続けています。