認知症になり要介護4となった母。
今ではトイレもひとりでは行けませんが、長年家族を支えてきたその「芯の強さ」は今も健在です。
今日は、そんな母の“正義の女神”らしさが垣間見えた、我が家の日常の一コマをご紹介します。
父の「困った」は、いつの間にか私の「困った」に
父には、毎日欠かさず飲んでいるお気に入りの緑茶があります。
2か月ほど前、2Lペットボトル6本入りを2箱まとめ買いしました。
そろそろ残りが少ないかもしれない…と思いつつ、母の介護に追われ、確認する余裕もないまま過ぎていました。
そんなある日、父がしょんぼりした声で言いました。
「お茶がもう1本しかない。昨日、最後の1本を冷蔵庫に入れてしまった……」
つい前日に大型スーパーへ行ったばかりで、その前に父にも「今から買い出しに行くね」と伝えていたはずなのに、なぜ言わないの……?
思わず「なんでその時に言わなかったの!」と責めるような口調になってしまいました。
父は「しばらくはもつから大丈夫だよ」と言うものの、いつもよりチビチビとお茶を飲んでいて、「困っていますよ」と無言でアピールしているように見えました。
母にこぼした本音と、その反応
イライラしてしまい、父のいないタイミングで、つい母に愚痴を漏らしました。
「もう、お父さんに自分で買いに行ってもらおうかな」
「お父さんしか飲まないお茶なんだから、自分で何とかすればいいじゃん」
以前の父なら、2L×6本の箱くらい簡単に持てました。
しかし心筋梗塞を患ってからは医師に「重いものは持たないように」と言われており、それ以来、重い買い物は私が代わりにしています。
今は後遺症もほとんどなく普通の生活を送れていますが、それでも無理をさせるのは迷うところでした。
認知症でも、母はやっぱり“正義の女神”
母に愚痴をこぼし終わり、ふと顔を見ると──
母がむぅっとした顔で、じーーっと私を睨んでいるのです。
「…ちょっとお父さんに厳しすぎた?」と尋ねると、母は「うん、うん」と力強く頷きました。
「じゃあ、お父さんにもう少し優しくしたほうがいいってこと?」
そう聞いても、また「うん、うん」。
その後も、母はむぅっとした表情で私を睨み続けます。
その姿に押されて、結局、私のほうが根負けしてしまいました。
できることは減っても、母の“役割”は変わらない
認知症になると「できないこと」に目が行きがちですが、今回のことで、母は母なりの形で家族を見守ってくれているのだと感じました。
歩けなくなっても、トイレにひとりで行けなくなっても、言葉が少なくなっても──
家族のことを想う気持ちや、家の空気が少し乱れたときにピシッと整えてくれる存在感は、昔のままです。
認知症でも要介護4でも、やっぱり母は我が家の“正義の女神”。
そんな母に諭されながら、今日も家族と暮らしを続けています。

