介護におけるキーパーソンの役割
家族の介護が始まると、在宅でも施設でも、誰かが“キーパーソン”として介護の主軸を担うことになります。わが家では、暗黙の了解のように私がキーパーソンになっていました。最初の頃は「自分が何とかしなければ」と思い込み、どうしても無理な場合だけ父に“手伝ってもらう”。それでも難しければ“プロにお願いする”、という順番で考えていました。
しかし長期介護の中で気づいたのは、このやり方ではキーパーソンが潰れてしまうということです。そこで意識を切り替え、
- 「手伝ってもらう」のではなく「できる人ができることをやる」
- プロの手は遠慮なく借りる
- キーパーソンが犠牲になる構図を作らない
という姿勢を大切にするようになりました。
たかが朝食、されど朝食
家事を担当するようになってから、朝は必ずタンパク質・ビタミン源・ヨーグルト・季節の果物を用意すると決めました。タンパク質はさつま揚げやチーズはんぺん、ハム、ソーセージなどを日替わりで用意しています。
ところが物価高騰の影響で、いつも買っていたソーセージがある日「6本入りから5本入り」に変わっていました。私は「父2本・母2本・私1本」とし、自分だけ我慢する形で朝食を続けていました。
果物も3人分となると高くつくため、「私は食べなくてもいい」と思い、両親だけに出していました。
そのうち、短くなったソーセージ1本をチマチマ食べている自分が情けなくなり、ふと気づいたのです。
家族の犠牲になるのは嫌だ
ちょうどその頃、母の認知症が進み、尿意・便意が分からなくなっていました。日中は2時間ごとにトイレへ連れて行く必要があり、それでも間に合わないことが多く、ズボンや座椅子を汚すこともしばしばありました。
「どうして分からないの?」と心のなかで母を責めてしまう自分もいて、そんな自分にまた落ち込みました。
1日に何度もリハビリパンツから便が漏れ、部屋中が匂い、汚れた衣服を洗いながら涙がこぼれる……。そのたびに、
「こんなに自分が犠牲になっているのに、どうして状況は良くならないのだろう」
と感じていました。
けれど、考えても状況が突然改善するわけではありません。そのかわり心の奥で、
「私は犠牲になりたくない」「我慢の上に成り立つ介護は続かない」
という思いが強くなっていきました。
まずは“同等”、いやキーパーソンにこそ優遇を
そこで、考え方を変えることにしました。
- ソーセージは大袋で購入し、量を気にせず出す。
添加物の面から「両親は1.5本、私は2本でも大丈夫」と、勝手にルールを変更しました。(笑) - 季節の果物は、私も食べる。
特に好きな柿は秋から春まで出回るので、家計をやりくりして“自分の分”も確保しました。 - お風呂も我慢しない。
以前は沸かし直しを避けようとぬるいお湯に入っていましたが、「風邪を引いたら余計に迷惑をかける」と思い、気兼ねなく熱いお風呂にすることにしました。
この他にも、「あれ?私、これも我慢していたんだ」と気づくことが多く、気付いた分だけ“我慢しない”方向へ舵を切るようにしています。
そして今は、私や父ではできないことは、迷わずプロに相談して頼む。これが、現在のわが家の介護の基本スタンスになっています。

